鮭鱒工船「神武(しんぶ)丸」の映像、間もなく公開!


評伝『伊予が生んだ実業界の巨人 八木龜三郎』(創風社出版)では、小林多喜二の小説『蟹工船』のイメージとは異なる、八木本店経営の蟹工船の実態が明らかとなりました。日経新聞文化欄6月21日付では〝人情の蟹工船〟として紹介され、加えて『ひととき』7月号(ウェッジ)でも資料館の模様が紹介されたことで、7~8月は県外からご来館下さる方々も何組かありました。

6月某日、亀三郎翁玄孫の楢原太郎氏が来館された際、昭和5(1930)年にカムチャッカ半島東岸のウスカム湾で撮影された鮭鱒工船「神武丸」映像(VHS)の提供を受けました。船名は、樺太丸(2,831総㌧)でも美福丸(2,558総㌧)でもなく、神武丸? その意味するところは、映像を見ていて合点がいきました。

その年、八木本店ではカムチャッカ半島東岸沖へ八郎丸(2,805総㌧)と神武丸(5,168総㌧)の2隻の蟹工船を送り出します。神武丸は、それまで同社が所有した工船でも最大規模を誇り、本船は半年間の操業期間中、母船式鮭鱒漁業(沖取漁業)を約1か月間行っているのです。これは、工船蟹漁業の企業合同が進むなか、新たな事業開拓への挑戦でもありました。それまで数年間、試験操業を行っていますが、この年が本格操業となります。その記念すべき第一歩を、8ミリフィルム(記録)に収めておきたかったのでしょう。

映像の編集につきましては、まずVHS(無声)からDVDへの変換を行い、1時間19分48秒の容量となりました。ここから映像企画会社「フォー・ユウ」の協力をへて、不要箇所を除いて43分40秒とし、ストーリー性に合わせて3部構成にして文字スーパーとBGMを挿入。さらに縮めて29分09秒となります。第1部【函館出航からカムチャッカ半島操業まで】、第2部【サケマスの沖取漁業と母船の甲板作業】、第3部【塩蔵鮭と鮭缶詰の製造】とし、参観者への鑑賞用にこれを19分48秒に縮めました。
神武丸(『漁り工る北洋』より)


神武丸上甲板の作業

上甲板にあふれるサケマス

塩蔵鮭の箱詰め作業


船内の缶詰工場

船上の相撲大会
今後、10名を超える団体客がある場合、映像鑑賞の時間を設けて2班に分けたガイドも可能となりそうです。